I do my best to impress
「BOY MEETS GIRL」DJ、sekineの徒然日記。思うまま雑感。
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4日目:さよならソウル、さよなら韓国
 今日で、この旅館ともお別れだ。3日もいると、それなりに愛着も湧くというもの。これから弘大に安く泊まろうという誰かにお勧めしてもいい。起床後、荷物の整理をしながら僕はそんなことを考えていた。
 帰国の日ながら、飛行機の時間にはずいぶん時間がある。ガイドブックを参考にすると、出国に時間がかかるから空港着は3時間前になどと書かれている。出発は18:50だから、とすれば15:50に出発すればいい計算だ。市内から仁川空港までは1時間くらいで行くはずだから14:50に空港バスに乗れば楽勝ということになる。いや、空港には2時間前に着けば十分間に合うんじゃないか? 確か2年前の釜山旅行の時は、空港にあまりに早く着きすぎてひどく退屈したはずだ。
 結局僕は、空港に着くのは2時間前と試算し、どこかの街で適当に時間をつぶしてから15:50くらいのバスで帰ろうと心に決めた。思えば、それが悪運のつき始めであったのだ。

 アジュンマに礼を言おうと思い、荷物を持って1階のエントランス脇にある部屋のドアをガラガラッと開けると、そこに彼女の姿はなく、代わりに彼女のご母堂が座って編み物なぞをしていた。ちなみにこの宿の家族構成は、アジュンマとそのご母堂、そしておそらくアジュンマの息子の3人である。実をいうとアジュンマの息子の姿は一度も見かけることはなかったのだが、その存在だけは最初の日から認識していた。朝となく夜となく、僕の隣の部屋でTVを見ていたのが誰あろう彼であった。薄い壁を伝わってTVの音声が夜を徹して聞こえてくる。朝ともなれば、TVばかり見ている息子をしかりつけるアジュンマの声と、口を尖らせ抵抗する息子の声。けたたましい怒声を目覚ましに、オレはホストファミリーかよ! と、部屋でひとり、つっこみなぞしたりもした。
 そんなアジュンマにお別れの挨拶をしようと思っていたのだが、いないのならしようがない。僕は編み物をしているご母堂に「今日、日本に帰ります。カムサハムニダ」と声をかけた。彼女は韓国語で何かを呟いた後、「さよなら...、さよなら...」と繰り返し言ってくれた。僕も「さよなら」と言って宿を後にする。さようなら、さようなら、我が愛すべきアタン旅館。この旅行記を読んで、本当に泊まり客が増えたら幸いである。

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これが、僕の見た最後のアタン旅館です。



 もうすぐ12時だ。今日は土曜日だし、この時間だったら「空中キャンプ」も開いているかもしれない。そう思って駅に向かう途中に寄ってみたのだが、ドアは固く閉じられていた。まあ、今、この時間に店を開けても普通は客なんか入って来ないかな...。韓国では週休2日制はそう一般的ではないのかもしれない。結局、初日の夜が、最初で最後だった訳だ...。名残惜しく、青いドアの前をしばらく凝視し「いつかまた来るよ」と、センチメンタルに手を振って僕はその場を後にした。もしかしたら、今日あたりはイヴェントで夜通し盛り上がったりするのかもしれない。そう思うとセンチメンタルにもなろうというものだ。

goodbye_kuchu.jpg
よく見るとソウルセットのフライヤーなんて貼ってあるな...。



 さて、時間を有効につぶすにはどこへ行ったらいいか。空港からそう離れることなく、いわずもがな空港バスの発着所がある街がいい。ガイドブックをパラパラとやり検討したところ、光化門(クァンファムン)~鐘閣(チョンノ)間が絶好の場所に思えた。キョボムンゴ、ヨンブンムンゴという巨大な書店、文具、CDショップのモールが駅周辺にあり、わずかに北へ上がれば賑やかそうな商店街もある。お土産を買うにも丁度いい。帰国までゆったり楽しめそうだ。
 鐘閣行きは、弘大駅ではなく賑やかな新村駅から地下鉄に乗ることに決めた。市場を抜けロータリーに沿って、地下鉄の駅へと下る。日本ではそうそう見られない光景だが、韓国の地下鉄ではコンコースなどで商人が堂々と店を広げていたりする。団子やキムチを売っているアジュンマもいれば、どこだったかの駅では、口上つきでスニーカーを叩き売っている若者までいた。物売りのアジュンマは人々が往来するコンコースの壁際で商売をしているのだが、対面の壁際で店を広げている別のアジュンマに、食べ物を放り投げたりするから気をつけなければならない。彼女たちはそうした荒々しい方法で物々交換をしている。韓国では日常的なことなのだろうが、慣れていない僕はあやうく顔面に団子をぶつけられそうになった。団子だよ? 団子。

 光化門へは乗り換えをいれても新村から10分ほどで到着する。東西を貫く鐘路沿いには大型のビジネスビルが立ち並んでおり、僕がこれまで尋ねた場所とは少々趣が異なっている。そうした大型ビルの地下街がそのまま書店やCD屋、あるいはフードコートになっているのが楽しい。
 それにしても、地下鉄の出入り口から外に出た時、道ばたで機動隊が列を作っているのが不思議でならなかった。演習でもしているのか、あるいはどこかのビルの警護にでもあたるのか。何だか分からないが、ずいぶんものものしいじゃないか...。今となっては恥ずかしい限りだが、僕がそんな風に悠長に構えていたその間に、事態は着々と進行していたのだ。
 まずは、空港バスの停留所を確認した。地図には1箇所しか載っていなかったが、歩いているうちに更にもう1箇所見つけることができた。ここを押さえていさえすれば、ギリギリまでこの街を散策していても、後はバスが空港まで連れて行ってくれる。これで石橋は叩いた。これは本当に帰国までゆっくりできそうだ。
 さて、2つの大型書店のうちのひとつキョボムンゴは光化門駅に隣接している。地下鉄のコンコースから階段を上がらずにそのまま店内へと入ることが可能だ。入ってまず驚いたのがエントランス左側にある輸入書コーナーのその大きさである。新宿紀伊国屋の1フロア分はゆうに越えるだろう。輸入書フロアとはいえ、何ともまあ、日本の書籍の多いこと多いこと。日本で発売されている雑誌の類は言うに及ばず、漫画や小説のハードカヴァーまでが大きく展開されている。洋書もあるにはあるが、日本書籍の売り場面積は他を圧倒するほどに広い。加えて言えば、そのコーナーにたむろする人の多さにも驚愕させられる。漫画や雑誌を立ち読みしている若者も多い。みな日本語を読めるのだろうか...。

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全体の雰囲気はこんな感じ。



 韓国の音楽雑誌でもお土産に買って行こうかと、今度は国内の一般書籍コーナーに行ってみたのだが、意外なことに国内の雑誌コーナーは日本のそれと比べても明らかに小さく、また雑誌の数自体もかなり少ない。ファッション関係の書籍はそれでも何冊か平置きしてあるのだが、音楽誌などオーディオ専門誌みたいなものを入れても1、2冊程度なのだ。キョボムンゴ、そしてもう1軒のヨンブンムンゴでも必死に探したが、本当にそれだけなのである。韓流スターの雑誌なども、日本で出版されているものの方がよほど多いんじゃないだろうか?
 面白いのは、それら雑誌につけられているオマケである。書店側が販促的に行っているのだろうが、平置きされている雑誌には何やら奇妙なオマケがついている。化粧品、シャンプー、スポンジ、ペンなんてのはまだ可愛い方で、浄水器のようなものや、ペットボトルのお茶、SPAMの缶詰なんてものが強引にくくりつけられている。商魂たくましいというか、あるいはそうでもしないと売れないと言うことなのか...。

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雑誌とオマケの間には相関関係がある訳ではない。たぶん。



 韓国では光ファイヴァーのインフラがかなり早い段階から整備されており、ネットでの情報戦や、ダウンロード文化は今や花盛りである。かくかしかじかの理由で、日本でもここ数年、雑誌が売れなくなって久しい訳だが、韓国のそれはもっと深刻な問題なのかもしれない。同じ理由で、音楽CDも売れない訳、なのだ。音楽や情報が無料で手に入る時代。発信側はこれからどのようにして自らの創作物に値段を付けてゆけばいいのか...。
 そういうこととは裏腹に、クラブやライヴに来る人間は大変多く、その盛り上がりも尋常ではない。そう、韓国はすべからく「LIve」文化なのだ。モノに値段がつくのではなくライヴやクラブ、つまりイヴェントにこそ彼らは価値を見いだすのである。その「Live」という1点においては、日本よりも可能性が高いはずだ。CDは「小売り」よりも「ライヴ」。クラブも然り。今回のソウル旅行で僕はそんなことを肌で感じたのだった。
 ヨンブンムンゴのCD売り場では日本のボビーズ・ロッキンチェアのフルアルバムを1枚だけ見つけた。先頃、韓国のビートボールレーベルから発売されたものだ。実は今回のソウル旅行で安く購入しようと目論んでいたのだが、値段を円換算したら日本で購入するよりも高くつくことが分かってしまった。これなら日本のタワーレコードで買った方がわずかに安い。地元で買うより、輸入盤の方が安くなるなんて...。まったく円安ウォン高も深刻な問題という訳だ。それにしても、ボビーズの森本くん、最近はどうしてるんだろう。彼の新しい作品を僕は期待しているんだけど。

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疲れた胃に熱々のクッパは染みたわ。



 定食屋でうまいクッパを食べ、また地下に潜って書店を物色。時刻は15:00を回ったところだ。さて、そろそろ空港バスに乗ろうかなと思い地上に出ると周辺の様相が一変していた。大通りを大規模なデモ隊が占拠しているのである。旗をかかげ、スピーカーからのかけ声とともに、シュプレヒコールが行われている。長さ300mほどのデモ隊が路上に座り込み、交通が完全に堰き止められている。
 え? 交通が堰き止められている?
 しばらく高見の見物を決め込んでいた僕だったが、そこでようやく重要なことに気がついた。何てことだ、空港バスの停留所前の大通りが堰き止められているではないか! このままでは、どうしたって、バスがここに入って来ることはない。
 そう思った途端、どっと汗が溢れて来た。まだ時間に余裕があるとはいえ、このデモがどれだけ長く続くか分からない。機動隊も方々に隊列を作り、ものものしく警備にあたっている。バス停の前では腕を組んで様子をうかがっている人間が数人いるのみだ。みな、あてどもなくバスを待っている。僕もしばらくそうしていたが、終わる気配のないデモにひどく焦り始めていた。いても立ってもいられず、僕はそのうちガイドブックの地図を片手に走り出した。緊急避難的にどこかに空港バスが止まっていないか。別の道路にバス停はないか。見知らぬ土地で、僕はあてどもなく方々を走り回った。

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どおなっちゃってんだよぉ。



 業を煮やし「エクスキューズミー? ここに止まるはずのバスはどこに行ってしまったんですか?」と、僕はジェラルミンの盾をかざしている機動隊の群に大声で言い放った。さあ、わからないなあ、という風にみな首を傾げる。婦人警官に同じことを訊いても分からないと首を傾げるのみだ。オイ、オイ、警察官なのにどうしてそんなことも分からないんだよぉ、と僕は苛立つ。道路を堰き止めて行われるデモを事前に分かっていて警護しているはずなのだから、その場合の交通状況だって周知徹底されていなければおかしいではないか? いや、違う。ここは日本ではないんだ。そんなことを憤ってみたところで、解決するはずがない。これは自ら動いて解決しなくてはならない問題なのだ。別の小道でタクシーを止めてみたが、空港までは50,000ウォンくらいかかるという、残念ながら旅の最後の日にそんなウォンは持ち合わせていない。まったくもって、ピンチとしかいいようがない。そうしている間にも時間は刻一刻と無為に過ぎて行く...。
 こうなったら、どこか空港バスの停留所がある他の駅に地下鉄で移動するしかない。しかもこの堰き止められている大通りとは無関係な場所でなくてはならないはずだ。どこか、どこか...。僕はほとんど気狂いのようにガイドブックをめくり始める。ソウル駅! ここだ、ここなら空港バスの発着がある。しかも鐘閣から2駅。もうここに行くしかない!

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どうして最後の最後にこんなトラブルが降りかかるのか。



 ここから先の展開は、今となってはまるでドラマの中で起こったことのように感じられる。自分の身に起こったことだとは到底思えない。電車に駆け込み、ソウル駅に着くや否やコンコースを走り抜け階段を上がり、右往左往、バス停探しに奔走した。今、道路のどの辺りにいるのか、自分ではほとんど検討がついていない。
 ようやく見つけた適当なバス停で息も絶え絶えに並んでいると、眼の前にいた大学生らしき男の子が、突然僕に日本語で話しかけて来た。「あの、どこに行くんですか?」
 「仁川空港まで行きたいんですけど...」と僕。「あの、日本人ですか?」
 「いえ、違いますよ」と彼。「空港行きはここじゃないですね。えーと、地図持ってますか? これだと、たぶんあっちですね...。ちょっと案内してあげますよ」
 そう言って彼は地図を見ながら、僕の先に立って歩き出した。あまりに唐突な展開だったので、半信半疑だったが、藁をもすがりたい僕にとってはとにかくありがたい。「日本語すごく上手ですね。日本人かと思いましたよ...」そういう僕に「日本語は小学生の時に勉強したきり使ってないからちょっと怪しいんですけど」などと返してくる。小学生の時に日本語を勉強しているなんて、スーパー過ぎやしないか...。更に訊けば、日本語より英語の方が得意だともいう。
 信号を渡るところで「あ、あそこですよ。今、ちょうどバスが行ったところですね」と彼が指さす。僕は何度も礼を言って彼に別れをつげる。本当にありがたいことだ。迷っている僕にわざわざ話しかけ、案内までしてくれるなんて。彼がいなければ僕は飛行機に間に合っていなかったかもしれない。旅の親切が、本当に身にしみる。僕は日本で自ら進んで旅人に親切にしたことなどあるだろうか。そう思うとひどく心が苦しくなる。
 標識には確かにエアポートバスと書かれている。ここが空港バスの発着所であることは間違いない。しかし、交通渋滞のせいなのだろうか、待てど暮らせどバスはやって来ない。20分ほどイライラしながら時計を眺めていたが、やがて、別の道で信号待ちしている空港バスが眼に入った。距離はかなりあったが、すぐさま走っていって「wait! wait!」などと言いながらバスを追いかけてみる。沢木耕太郎か、オレは、と自分につっこんでみるが笑えない。ようやくバスを止めてドライヴァーに「これ、空港行きのリムジンバスでしょう?」と尋ねてみたが「ダメだ、これは違う」との返事。エアポートと書いてはあるが貸し切りバスのようだ。落胆して、僕はバスを見送る。突然のデモに出くわしてからずっと、ほとんど走り続けてここまで来たせいか、またぞろ足が痛くなって来た。旅行初日から酷使しまくった僕の足は、そろそろ限界に達しようとしている。
 「...バス、なかなか来ないですね」再びバス停のところまで戻り、ずっと待っていると今度は40代後半くらいの女性が僕に話しかけてきた。流暢な日本語である。
 「日本の方ですか?」僕は嬉しくなって声を張り上げる。不思議なことに今日はずいぶん人に話しかけられる。
 「違います」と彼女。「わたし、15年前に国際結婚してまして、今は大阪に住んでるんですけど、久しぶりに韓国に帰って来たところなんですよ。あなた、ひとりで来てるの?」
 「そうなんですよ。いや、参りました。さっきちょっとトラブルに巻き込まれたんですよ。デモがあって道路が閉鎖されていたんです」と僕。「でも、僕が日本人ってよく分かりましたね」
 「やっぱりね、違うんですよ、こっちの子と。服装とか顔つきとか...」と彼女。「遠くから見てても分かるんです」
 どうやら、彼女は僕がバスを追いかけて走っていったのをずっと見ていたらしい。彼女がここで空港バスを待っているのは、日本からやって来る御尊父を空港に迎えに行くためということだ。
 僕以外にバスを待っている人がいる。しかも日本語を話す。そう思うだけで何か心強くなって来た。しばし日本語での会話を楽しんでいると、ようやくバスがやって来た。座席に座り、ひとまず安堵の溜息をつく。これで空港までの足は確保できた。時刻は17:00を回ろうというところ。1時間で到着したとして18:00。飛行機の出発は18:50である。かなりシビアになって来た。これをトラブルと言わずして何といおうか...。
 「ねえ、食べませんか?」シートで放心しながら窓の外を眺めていた僕に、さきほどの女性が箱に入ったケーキを差し出してくれる。「ひとつ食べて」
 「すみません。ありがとうございます...」まったく、旅の親切が本当に身にしみる。僕はまた、何度も礼を言ってケーキを戴いた。パンプキンだったか、リンゴだったか。この辺りの記憶は本当に薄い。とにかく無理にでも飛行機に乗らなければならない、と疲れきった頭と身体に鞭を打ったことだけは覚えている。

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仁川空港へ続く湾を渡る。



 結局、仁川空港に着いたのは18:20だった。驚くべきことに、出発30分前である。さきほどの女性に礼とさようならを言い、空港ロビーにまさしく滑り込む。と同時に、僕の乗る飛行機の搭乗手続きを終了する旨の放送が日本語で聞こえてくる。ナ、ナ、ナ、なんてことだ。
 しかしながら、僕の乗るアシアナの手続きカウンターは恐ろしいほどの長い行列。まともに待っていたら1時間近くかかりそうだ。矢も盾も堪らず、僕は空港職員に猛烈な早口でまくし立て、半ば強引に手続きをしてもらう。この間10分ほど。さらに今度は出国カウンターまで猛ダッシュをかける。走る、走る、走る、走る。まったく、今日はホントに走りっぱなしだ。あろうことか、出国審査も長い長い行列ができている。出発まで、実に後20分である。今度も、側にいた気の弱そうな空港職員を捕まえ、狂気迫る形相で泣き言を述べ、行列の最前列に横入りさせてもらう。出国は一瞬でパス。ここまで来たら後はゲートを目指すだけだ。しかしながら僕の向かうべきゲートはそこから遙か400mほど先にあることが発覚。どういうことだ、一体! とにかく、またひたすら走る。身体中、汗だくである。
 そのようにして、僕は出発10分ちょっと前にようやくゲートにたどり着くことができた。若気のいたりとしか思えない帰国劇である。飛行機の座席に座った時には、足が靴から抜けないくらいに腫れ上がっていた。帰国後1週間は後遺症を引きずったくらいである。「地球の歩き方」に書かれている「出発3時間前までには空港へ」という記述は正しい。身をもって僕が保証する。

 僕のソウル旅行はそんな風に、いや、突然炎のように終わった。最後は大変な目にあったけれど、そういうことも含めて、やはり楽しい旅行だったのだ。東京に帰った日に相棒のMIHA-Kからクラブ「宙」が閉店することを知らされた。旅先で見た彼からのメールはこのことと関係していたのだ。僕が東京にいない間、状況は一変していた。レギュラーイヴェント「boy meets girl」も「宙」で行うのは6月が最後ということになる。これからどうしたらいいだろう。悩ましい問題はいくつかあるが、それでも今の僕はソウルで培ったパワーで満たされている。何があっても、今はポジティヴな気持ちでいっぱいだ。
 眼をつぶるとソウルで過ごした4日間が静かに思い出される。「空中キャンプ」のみんなは元気にしているだろうか。あの日、あの夜が、結局最後になってしまったんだな。
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3日目(後編):弘大クラブデイ~午前4時の独白
 いい加減このソウル日記もひっぱり過ぎだ。ここから先はさらっと流して書かせて戴きたい。本来ならこのクラブデイ編、もっと力を入れて書きたかったんだけど、何というか、体験してみてそういう気はほとんど失せちゃいました。以下は溜息混じり、独白調でお送りします。

 さて弘大では毎月最終金曜日にクラブデイというイヴェントが開催されている。15,000ウォンで周囲のクラブがエントランスフリーになるというお祭り。今回の渡韓はLampのライヴとこのイヴェントが、そのほとんどの目的。で、行って来たんですがね...。
 結論からいうと、ム~ン、期待はずれ。弘大のクラブデイに参加してるクラブって、ほとんどがヒップホップとハウスなのね。日本みたいにジャズやブラジリアンやソウルやポップスがかかってるクラブは皆無! 打ち込みのドンシャリサウンドが支配するベタベタな世界。オールドロック系と言われるクラブにも2つ入ったけど、このうち1本は相当に極悪だった。DJなどおらず、ひたすらミックスCDのかけっぱなし。しかも70~80年代のロックのヒット曲に微妙なハウスミックスを施してあるという何をかいわんやのダサダサ加減。これにはかなり落胆しました。気力奪われましたわ...。

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カウンターバーの綺麗な女性店員は日本語を話した。



 でも、クラブデイだけあって、どこも盛り上がってるんだよ。老若男女問わず...。
 きっとアレなんだな。世界的に見てクラブ、ディスコシーンってのは所詮こんなものなのかもしれない。どこへ行ってもハウス、ヒップホップ、エレクトロニカ。まったくもって、打ち込み音楽花盛り。別に打ち込みがいけないっていってるんじゃないんだけどね。打ち込みでも、いいものはたくさんあるから。でも、正直これらのクラブでかかっていた種類の「打ち込みモノ」には僕はまったくもって共感できなかった。
 もしかしたら、今日び、ジャズや、生音やメロディアスな楽曲で盛り上がってるのって東京とロンドンくらいなんじゃないか? ソフトロックはまだしも、普通のソウルミュージックだってかからないんだよ。ホントに。怒りに近いものを感じながらクラブを6つ7つ、回りましたよ。Lampの滅茶苦茶いいライヴを観た後だけに、落胆も大きかった。

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放心状態。



 そうか、そうか。でも、そういうことだったんだな。
 「空中キャンプ」で出会った人たちは、クラブデイに行ったことは一度もないって言っていたっけ...。
 韓国のポップス好きは、「クラブ」なんて行かないんだ。ポップミュージック好きは「ライヴ」に行くんだよ。日本みたいに軽音楽がかるクラブなんて、ありえないんだ...。そんなことを期待していたオレが馬鹿だったんだ。ちゃんと棲み分けができてるんだな。
 もっとも、クラブデイの日以外にはどんなジャンルの音楽がかかっているかは分からない。あるいは、ポップミュージックがかかる日もあるのかもしれない。いや、ポップスやロックが好きな人間は小さなバーみたいなところで踊っているのかもしれない。そうであって欲しい。
 「いつかここで、オレがポップスのイヴェント開いてやる」
 朝の4時近く、ひとりそう息巻きながら、僕は夜の街を歩いた。ipodを耳につっこみ、ポップミュージックで脳を洗浄しながら宿へと向かった。途中「空中キャンプ」によってみたが、当然のことながらドアは固く閉じられている。Lampのライヴでは、結局誰とも会うことができなかった。全州で行われる映画祭の方のライヴに行くかもしれないと言っていたから、今日は見送ったのかもしれない。そちらではLampの他に、インディゴ、ギターウルフが招聘されているそうだ。とにかく明日、帰国する前に、また来てみよう。そういえば、去年の4月28日はネットラジオ428Kってので「オールナイト渋谷」のDJやってたんだっけ...。来年は中継で「空中キャンプ」と繋いでみたいな。そんなことも頭をよぎる。

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でも、こういうイヴェントが毎月あるっていいよね。



 そう、このソウル旅行も、あと一日を残すのみとなった。今回の旅はどうやら、このままつつがなく終わりそうだ...。そう高をくくっていた僕に、翌日、思いもかけないトラブルが降りかかることになった。どうして、そんなことになったのか。4日目は、緊迫の帰国編である。

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弘大マップ。地球の歩き方と照らしあわせれば分かりやすいハズ...

3日目(中編):ソウル・ラプソディ~Lampソウル公演
 異国の地での待ち合わせなんて、よくよく考えてみれば面白いシチュエーションだ。何の予告も打ち合わせもなしに僕が現れたら、あるいはもっとドラマチックだったのかもしれない。4時間後には、いよいよLamp、韓国での初ライヴである。本来なら花束のひとつでも持っていくべきだったのだろうが、あいにく花屋を見つけることができなかった。それでも、ルルル~。何か楽しくなって来たな。
 目抜き通りの外れにあるファミリーマートの角を右に折れると、その並びにローリング・ホールのエントランスがある。近づいて行くと...、どうだろう! ホールのある地下からお馴染みの曲が仄かに響いてくるではないか。16:30にはアップする予定だったはずだが、どうやらリハーサルが押しているらしい。事前の打ち合わせで、受付スタッフに名前を言えば、そのままスルーできることになっているはずだが、さしあたってエントランスには誰ひとり人がいない。フーム、どういうシステムになっているのか...。
 ま、いいのかな...。ほとんど躊躇することなく、僕はそのままホールへ続く階段を下った。誰に呼び止められることもなく分厚いドアを開くと、果たして、ステージにたたずむLampの面々が眼に飛び込んできた。眩いばかりのライトの中、3人の姿が浮かんでいる。ぐるりを見回してみる。ホール面積は日本のクラブクアトロやユニットよりわずかに広いだろうか。彼らが行った単独ライヴの中ではおそらく最大規模である。
 壁によりかかり、しばらく放心状態でリハーサルを眺める。韓国語を勉強していた大陽くんの妹がPAとの翻訳係をかって出ている。彼女の話は事前に聞いていたので、大陽くんとの親密なやりとりから彼女が妹さんなんだな、ということがすぐに分かった。後で聞いた話だが、大陽くん曰く微妙な表現を伝えるのはやはり難しかったとのこと。それでも、開場後にこのホールの音響システムで鳴らされたLampの音は、これまで彼らが行ったライヴの中で、もっとも出力バランスのよい音となった。

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 リハーサルが一段落ついたところで、ステージ上の香保ちゃんに軽く会釈をした。次いで、モーテルブルー社長、佐久間さんに今日の取り計らいの礼と挨拶をする。ステージから降りてきた香保ちゃんや大陽くんに、通訳として同行している彼の妹「ににみ」ちゃんをあらためて紹介してもらう。何とも不思議なシチュエーション。異国の地で、こうしてLampのメンバーと話している不思議。それでも、見知った人たちに会ったせいか、今朝までのバックパッカー然としたどこか殊勝な気持ちが、少しづつ希薄になって行くのを僕は感じていた。
 そうこうしているとホールのスタッフが会場に椅子をガタガタと並べ始める。「え? 着席形式なんだ?」と僕。いや、日本側の誰もが当然スタンディング形式だと思っていたのだが、韓国の主催レーベル、パステル・ミュージック側は着席でのライヴを考えていたようだ。近年の日本ではそういうライヴハウスはさすがに少なくなったよね。そういえば、このホール、造りはクラブっぽいんだけど、元々ドリンクカウンターがないんだな。なるほど、これは確かに純然たるホールだ。
 話し合いの末、結局ホールの前列は座席つき、後ろはスタンディングというカタチに落ち着いた。

 控え室までやってきて、永井くんに挨拶をする。他のメンバーと比べて、彼だけ妙に落ち着いている。一番若いのに風格あるんだよね。サポートメンバーの皆さんにも、お邪魔します、と会釈、会釈。賑やかな控え室。徒然に、今日のステージのことや、この後の予定を話している中、単なるおっかけと化した部外者の僕が加わっちゃって、いいのかな。皆、壁に据え付けられたTVを観るともなく観、時折思い出したように、飛んでいる蠅を掌でパチパチと叩く。そう、控え室にはどういう訳だか蠅がたくさん飛んでいた。みんなでパチパチ手を叩き、しばし蠅退治に没頭する。香保ちゃんにこれまでの旅のことを訊かれ、僕の泊まっているイカした宿の話を披露し、笑いをとる。「関根さん、靴が新しいね。ぴかぴか光ってる」などという的確なツッコミが入る。

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 どこかでお茶でも飲もうかということになり、ホール裏手にあるカフェに移動する。あいにく混んでいて外の席になってしまったが、店内はミッドセンチュリーな椅子や画集が置いてあるようなおしゃれ空間。韓国に来て、こんな店に足を踏み入れるのは初めてだ。
 昼は暖かかったのに、なんだか冷え込んできた。皆、暖かい飲み物を注文する。僕は滅茶苦茶濃いエスプレッソ。ここで、他愛のないお喋りをする。ににみちゃんが韓国語を習っていたから、という訳でもないらしいが、染谷家では今、韓流ブームなのだとか。まずお母様がドラマにハマって、そこへ持って来てLamp韓国ツアーのニュースである。いやが上にも盛り上がっているらしい。って、こんな家庭事情、僕がこんなところで書いしまっていいのかどうかは少々疑問なのだが...。でも、いいよね。いい話だもの。Lampにもこれくらいの話、ひとつくらいあった方が親しみもてるでしょ? 大陽くんが韓国好きだって言ったら、韓国のLampファンだって嬉しいよね、きっと。

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 そんな風にカフェで和んだ後、一旦ホールへと戻る。エントランス前で、入り待ちしている女の子からサインを求められる香保ちゃん。やっぱり人気あるんだな。

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オープン前の行列



 20:00ちょっと前、いよいよ開場だ。僕はいち早く開場へ入り、前から3列目の座席ステージ中央に陣取ってしまった。疲れている身体には、着席スタイルもそう悪くないかな。ステージにはスクリーン兼用の緞帳が降り、BGMが小さく流されている。パステルミュージックのレーベル音源なのだろうか、いづれも馴染みのない曲だ。
 早々に特等席を確保した僕は、隣の席に座った大学生らしきカップルに、英語でいきなり話しかけてみる。男性の方は英語がよく分からないらしく韓国語で何か応える。僕が、日本人なんです、というと隣に座っていた彼女の方が「わたし、少しだけ日本語しゃべれます!」などと反応してくる。アクセントに少々クセがあるものの、かなり流暢な日本語。細かい表現も理解してくれる。大学で日本語を勉強しており、今年中に日本へも旅行する予定だとのこと。
 ここで、僕がクラブなどで初めて会った女の子に訊ねるお定まりの質問が登場。「どんな音楽が好きなんですか?」。...なんだか嬉しくなって、僕は彼女にそう訊ねてみる。この辺り実はちょっと記憶が曖昧なんだけれど、サニーデイやフィッシュマンズ、それとエスカレーターレーベルのハーバードなんかを上げていたような気がしている。彼氏の方は、そう中島美嘉をあげていた。彼女の方も、こちらに興味を持って質問してくる。「Lampは日本ではどれくらい人気がありますか?」、「日本で彼らのライヴを観たことありますか?」などなど。
 そうして僕たちが話しているうちにも、ホールには次々と客が入場してくる。かなりの動員。当日券も出ているようだ。徐々に熱気を帯びてくる。こうしていると、本当に不思議な気持ちになる...。
 誤解を恐れずに言えば、そう、まるでパラレルワールドを観ているような感じなのだ。人々の顔も、ファッションも、嗜好も、街並みも、日本、あるいは日本人とそう離れている訳ではない。ある一時点まで同じような経過を経て、ごく最近分岐した別世界。そんな妄言すら吐いてしまいたくなる。だって驚くべきことじゃないか? 韓国にこんなにもたくさんのLampファンがいるだなんて、きっと本人たちだって、つい最近まで知らなかったに違いない。

 パステルミュージックの若手バンド2組がホールの雰囲気を和やかにしたところで、いよいよLampの登場である。スクリーン兼用の緞帳脇がかなり開いており、セッティングが見えるようで「ナガイくーん!」あるいは「カオリさんカワイー」などと、Lampのメンバーを見つけた客が、口々に名前を叫んだり、囃し立てたりたりする。これら全部、日本語。日本人は関係者以外ほとんどいないように思うのだが、ライヴ中も日本語のMCに反応してクスクス笑ったり、言葉を返したりするお客さんがたくさんいたりする。
 親和的なムードの中、緞帳が上がってフルートの音が響き渡るとそれだけでホール中に歓声が広がる。しょっぱなからおそろしく熱狂的。この時間を楽しんでやるんだというワクワクした気配がホールに充満している。素晴らしいライヴになるに違いない。そんな予感がする。

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 拍手に導かれ、1曲目「木洩陽の季節」が始まる。歓声や手拍子。椅子に座っている客も緩やかに揺れている。日本のLampのステージは「和やかに」進行し、客もそんな雰囲気を密やかに楽しむ感じだが、ここ韓国のステージは、とにかく「熱狂的」に進行して行く。そう、韓国のLampリスナーは熱狂的で、ストレートで、親しみやすく、礼儀正しい。そんな雰囲気に乗せられたのか、この日のLampの演奏は、僕がこれまで観た彼らのステージの中で、最高位に位置するものになった。演奏のグルーヴ、ヴォーカル、出音の調子もほどよい。ひとつの曲が終わり永井くんや香保ちゃんが「カムサハムニダ」という度に大きな歓声と拍手。MCには途中、韓国語の翻訳がついたりして、本人たちのMCで1回目の笑い、翻訳で2回目の笑いが起こるといった具合。

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榊原香保里



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永井祐介



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染谷大陽



 俯いて演奏に没頭する大陽くん、はにかんだように喉を響かせる香保ちゃん。そして、永井くんの独演、「冷たい夜の光」。アル・クーパーみたいだったよ、などとライヴ後に感想を言ったら「マジですか、調子に乗りますよ」と言っていた永井くん。「調子に乗って、そのまま行ってくれ」と言いたいくらいだったよ。

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 そして、この日初めて聴いた2曲の新曲にも注目したい。「ムード・ロマンティカ」は、ブラジリアンな高速スキャットもの。かつて香保ちゃんがものした「プリマヴェーラ」を思い出させる。CDデビュー後の彼らのイメージからしたら、新境地と言える。「雨降る夜の向こう」は複雑なコード進行と難解なメロディーを持った作品。和声の調号がキモというか、...これはしかし歌うのが難しそうな曲。「レコーディングしたら、もっとよくなりますから」とは大陽くんの弁。これを歌モノとしてポップスに叩き込もうとする彼の心意気を、僕は強烈にプッシュしたい。これはひとつ、体制に向けての挑戦なんだよな。僕はそう受け取った。そう、新曲はいづれも大陽くんの作品。「最近、曲書いてないんですよ」と打ち上げで笑い飛ばす永井くんに、佐久間さんが「いいメロディーのいい曲、書けよ」と檄を飛ばす場面も。
 大丈夫、このメンツ、このやり方で突き進んで行けば、Lampはもっともっといいバンドになる。あらためて、そう確信した一夜だった。

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 ちなみにこの日の演目は以下の通り。Lampのサイトから持って来ちゃいました...。

1,イントロ~木洩陽の季節
2,ひろがるなみだ
3,街は雨降り
4,夜風
5,恋は月の蔭に
6,春ノ空
7,今夜も君にテレフォンコール
8,冷たい夜の光
9,部屋の窓辺
10,ムード・ロマンティカ
11,雨降る夜の向こう
12,最終列車は25時
13,風の午後に
14,泡沫綺譚
15,雨足はやく

 「雨足はやく」は、一応アンコール曲だったんだけど、一度舞台袖に引き上げるという予定調和な演出が嫌いな大陽くんが「引き上げないで、このままやります!」と言ってすぐに始めてしまった。そういうところもLampらしい。

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 「また、ぜひ韓国にライヴしに来たいです!」
 そんな風に終了したソウルのステージ。この後、全州(チョンジュ)国際映画祭のライヴに出演する彼ら。きっと、今日にも増していいステージを披露するに違いない。
 それにしても、このソウル公演、観られてよかったな。僕はいつまでもLampを応援するよ。

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 ステージは終わったが、一部のお客さんはなかなか帰ろうとしない。しばらく見ていると販促でCDやポスターを購入したお客さんが楽屋前に殺到し、並びだしてしまう。皆、サインを貰おうとしているらしい。レーベル側の話だと、これは予想外の出来事だという。急遽テーブルを設営して、即席のサイン&握手会の始まり。大陽くんはにやけたような困ったような顔でこちらを見る。妹のににみちゃんは、感動的なステージの余韻冷めやらぬ状態で「妹として、すごく誇らしいです...」と連呼していた。そうだろうな。自分のお兄さんのバンドが、いつの間にか韓国で人気ものになっていたんだから...。

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 でも、ここに来ている人たちは皆、Lampのファンのはずなのに、なぜみんなライヴ開場でCDを買うの? と不思議に思う方もいるかもしれない。確かにその通り。なぜだろう? ここでひとつキーとなるなのが、韓国ではCDが売れないという現実である。ダウンロード、違法コピー、海賊盤が横溢しているという事情があったりする。昨今、韓国のメジャー系ミュージシャンがこぞって日本市場に乗り出してくる背景は、そこにあったりもするらしい。韓国ではCDの売上枚数と人気は別のものであると考えていいのかもしれない。
 でも、CDの購入動機が「ライヴを見たから」、「サインをもらえるから」というのでも、それはそれでいい。パソコンでいくらでも複製が効く現在、すでに日本でも同じような現象が起こっている。モノとして手元に置いておきたいCD。購入に至らせる仕掛け。そう言った付加価値、そういった動機づけがずっと必要な時代になったということか。

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 ライヴが弾けた後、近くのバーで軽く打ち上げ。
 またしても、ミッドセンチュリーなバー。バドワイザーを飲みながら、モーテルブルー・レーベルオーナーの佐久間さんといろいろな話をする。そう、モーテルブルーといえば、ここ韓国ではモン・ミュフミュフの楽曲がソニーのCMソングになっているという話が有名だ。1ヶ月前にライヴを行ったダリヤもCMソングで火がついたらしい。タイアップなど、日本では大手レコード会社が独占しているような状況だが、ここ韓国ではどうも事情が違うようだ。
 パステルミュージックの方々や、レーベル所属のバンドの女の子とも会話をした。「分かち合いましょう!」というレーベルオーナーの優しいお言葉。今日のライヴの話、DJ話。お互い、つたない英語を記号的に使って話すので、酔っていてもひどく分かりやすい。気がつくと、もう深夜2時。もっと騒いでいたかったが、そろそろお開きの時間。この後、僕は更に、ここ弘大のクラブを回る予定なのだ。

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 外に出て、Lampのメンバーやレーベルの方々にお別れの挨拶をし、僕はひとり夜の街へと向かう。こみ上げる独特の心細さ。さよなら、バイバイ、おやすみなさい。ここから僕は、またバックパッカーに戻る。
 次回、弘大クラブデイ編。近々中にアップします!
3日目(前編):弘大散文散歩~東大門へ
 昨晩は相当疲れていたらしい。明洞から弘大の宿に帰った後、身体を休めるだけのつもりが本格的に眠ってしまった。1日目と同じく、この日も「空中キャンプ」に顔を出そうと思っていたのだが、シャワーを浴び、身体が安心してしまったせいなのか、気がついた時には午前2時を回っていた。店はちょうどクローズにとりかかっている時間だ。まあ、いいさ。「空中キャンプ」のメンバーのうち、何人かはLampのライヴに行くようなことも言っていたから、もしかしたら会場で会えるかもしれない。そんな風に、昨晩はそのまま眠るにまかせてしまった。

 そういう訳で、昨日は夕飯を食べていない。実をいえば韓国に来てからというもの過食気味で、そう食欲がある訳でもなかったのだが、1食抜くとさすがに腹が減ってきた。ここはひとつ、豪勢に大好きなポッサム(蒸し豚肉)でも食べて精気を養おう。そんな思惑を胸に、僕は朝の弘大を散歩し始めた。
 目抜き通りへと向かう途中、小さなCDショップを発見した。朝の9時半にもかかわらず、外に備え付けられたスピーカーからエレクトロニカ風の音楽がガンガンに鳴り響いている。こんな時間からCDを買っていく客などいるのだろうかと首を傾げながらも、僕は店内をリサーチすることに決めた。
 小振りながら、オールド・ロックからハウス、エレクトロニカ、K-POP、J-POPまで幅広く揃えている。レジの右横にはJ-INDIE-POPとジャンル分けされ、Lampやインディゴ、ピチカート、ドーリス、中島ミカ、東京事変などインディー、メジャー入り乱れて陳列されている。やはり明洞のCDショップと似たような感じだが、ライヴハウスの多い地域がらか、ここ最近来韓したミュージシャンのCDが多いようにも思えた。
 「僕、実は東京から来てるんですよ」いつもの僕ならそのまま店を後にしてしまうところだが、何とはなく気が向いて店主に話しかけてみたりする。
 「ほお、そうかい? 私も東京には5年くらい前に行ったことがあるよ」主人はそんな返事を返して来る。互いに不器用な英語を操り、他愛のない会話をしばらく楽しんだ。

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パープル・レコード。品揃えに好感が持てる。


 
 店を出て、空を仰いでみる。昨日までとは打ってかわって朝から気温が高い。今日は過ごしやすい一日になりそうだ。
 作りかけの線路上にかかる橋から眼下を眺め渡す。大がかりな鉄道工事。ところどころ、土が盛り上がっている。昨日も一昨日も工事をしている様子はなかったが、この大がかりなKORAIL鉄道はいつ完成するのだろうか? 弘益大学に建造中の門と併せて、数年後にはこの地も大きく様変わりしているに違いない。
 時刻はようやく10時を回ったところだ。昼食にはまだまだ早い。空いているのは朝食専門の飲食店だけ。とりあえず開店準備をしていた弘大駅間近のポッサム屋に眼をつけ、手近なPCバンに入ってメールの確認などを行う。日本語の入力はOKか? と聞くと店の人間がいろいろ設定してくれる。ホウホウ、東京は昨日、雨だったらしい。「boy meets girl」の相棒MIHA-Kがclub「宙」の店長に呼び出されたって? なんだろう。
 どうにも時間がつぶせず、30分ほどでPCバンを出る。化粧品店の店先からは、かつて韓国の渋谷系などともてはやされたローラーコースターの曲が聴こえて来る。まだ生音を使っていた頃の楽曲。これが収められたアルバムは僕も持っている。近年はすっかりクリックハウス化してしまったが、2ndアルバムまでの彼らはアシッドジャズとポップソウルと歌謡曲が混在したような音楽をやっていた。「韓国の音楽で好きなモノは?」と「空中キャンプ」で訊かれた時、ローラーコースターの名前を出した僕に「ああ、ローラーコースター、彼らは韓国ではもう有名なミュージシャンですよ」と、さして興味なさそうに言われてしまったのを思い出す。レーベルがインディペンデントかどうかということはともかく、それが市場に乗ったメジャー志向の音なのか、そうではない音なのか。日本人のそれとほとんど同じように、彼らも「区別」してそれらを聴いているみたいだ。
 もちろん、僕も彼らも市場に乗ったメジャー志向の音楽が悪いと言っている訳ではまったくない。市場に乗っているかどうかはともかく、どちらかと言えば、僕はメジャーを志向しているものの方が好きである。

 さて、11時くらいには開くだろうと眼をつけていたポッサム屋が一向に開く気配を見せない。しばらく店の前を徘徊していたものの、業を煮やし、中に入って「何時に開きますか?」と訊ねたみた。...訊ねてみた、つもりだったのだが、英語がまったく通じないせいか一向に要領を得ない。要領を得ないがとにかくダメということらしい。開店時間までまだ間があるのか、あるいは1人前からの注文は受けないということなのか...。そう、実を言えば韓国の焼き肉屋の類は日本と違い、1人前からの注文は受け付けない店が多い。看板に「2人前から」と表示されている店もあるくらいなのだ。2年前の釜山旅行の折りはこのことを知らず焼き肉屋に入り、若い店の女の子が僕の入店を断ろうとするのを親切なアジュンマが制して、いいからと席を用意してくれた。なせばなる、などというひとつの甘えで、今回もそれを試みようと思ってはいたのだが、この1軒に断られたのを皮切りに、別の焼き肉屋1軒、サムギョプサル屋1件で、1人前はできないとすげなく断られてしまった。
 3度ならぬ4度目の正直。西京ホテルの裏に比較的新しく、大きな店舗の焼き肉屋を見つけた。訊いてみると、入れ! という感じで、眼鏡をかけたアジュンマが手を広げてくる。客は僕以外に誰もいない。アジュンマは開店前にもかかわらず、僕を奥のテーブルを案内してくれたようなのだ。社員食堂のような白を基調とした店内。レジ横に野菜や突き出しのボールが並んでいることからすると、セルフサーヴィスで肉や野菜を選ぶ方式らしい。準備が整うまで待ってくれ、ということなのだろう。僕をテーブルに案内したアジュンマは遙か彼方の厨房へと消えてしまった。そういう訳で、僕はレジ横にいるアジュンマが野菜を味付けしていたり、ボールを並べていたりする、まるでダルデンヌ兄弟の映画のように淡々としたその様を眺めることになった。

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ようやく見つけた焼き肉レストラン



 どれくらいそうしていただろう。20分はゆうに待たされたように思う。相変わらず、僕の他に客は入ってこない。やがて、レジ横のアジュンマが野菜や突き出しを更に並べて、僕の方へ持ってきてくれた。それからこっちへ来て肉を選べという仕草を見せる。ハラミらしき肉を指さすと、それを皿に盛ってくれた。会計を済ませ、自分のテーブルへと持って行く。9,000ウォン。1,170円くらい。普通はどんな店でも1人前12,000ウォン以上はするから、この値段は破格だ。
 韓国へ来ると日本の料理がいかにコストパフォーマンスが低いかということを思い知らされる。韓国では料理を一品注文すると、これでもかというくらい大量の突き出しや野菜、味噌汁などが出てくる。1人前でもひとりで食べられるかどうか不安に感じる量である。これは、こういった焼き物メニューに限ったことではなく、どこに行ってもその量は多い。日本食レストレランのメニューだって、トンカツにうどんや鮨がついているようなセットメニューがほとんどだ。食べきれないほどの料理を出すというのが儒教的なもてなしの心なのだろうが、それにしても毎食毎食これを普通に食べているとしたら大変なことだ。ある店で、別のテーブルに出されていたカレーライスを見て僕は驚愕してしまった。大食い大会でもしているんじゃないかと思わせるような大皿に、ライスとカレーがプールのように盛られている。男性女性の別なく、韓国人が長身でがっちりした身体つきをしているのは、あるいはそういった食文化の影響もあるのかもしれない。
 この日も、その料理の量を眼の前にした時、全部平らげるのはさすがに難しいように思っていたのだが、アジュンマにサーヴィスで戴いたご飯も含め、意外なほどあっさりと平らげてしまった。昨晩1食抜いているとはいえ、猛烈な食欲。僕の胃も徐々にこの地に順応し始めたということなのだろうか。

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すごい御馳走。野菜に巻いて戴きます。



 今日は16:30にライヴ会場である弘大のローリングホール前で、Lampの香保ちゃんと会うことになっている。まだ13時。せっかくなので、今日は東大門(トンデムン)市場まで足を伸ばすことに決めた。食欲も満たされたし、昨日購入した靴のおかげで、少々の街歩きなら耐えることができそうだ。そういう訳で、食後間もなく、僕は地下鉄の駅に向かった。
 東大門周辺を街歩きするには「東大門駅」、「東大門運動場駅」のどちらで下車しても構わない。東京で言えば上野と御徒町のような関係だ。どちらから行っても構わないが、僕はガイドブックにそって、東大門を左手に眺めながら市場が立ち並ぶ地域へと向かった。

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 これが東大門。特徴的な外壁は工事中だった。



 この辺りは言わずとしれた衣料品の一大マーケット地帯。布一枚、ボタンひとつ、バッタものからインディーズデザイナーのお店までが、細々とした雑居ビルやモールや巨大なファッションビルの中にひしめきあっている。とりあえず、そのうちのひとつ平和市場のビルに入ってみたのだが、何というかそれだけで疲弊してしまった。入った時には気づかなかったのだが、このビルは奥行き200m超の極細な構造をしており、一度入ったらまっすぐ突き進むのみ。しかもどこまで行っても出口らしきものが見あたらないのだ。極細ビルの中には隙間なく細々とした衣料品業者が軒を連ね、人々の熱気のせいなのか、あるいは空調や照明のせいなのか、ひどく蒸している。トイレに入ろうにも、標識はあるのにどこまで行っても見つからない。

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この行軍はいったいどこまで続くのか? 戦慄の平和市場。



 スタジアム前にあるミリオレやハロー・エーピーエムという巨大ファッションビルの中も巡回したが、上階に上がれば上がるほど、意外にも空き店舗が目立った。そういうフロアは当然のことながら客も少なく活気がない。この辺りは今を流行の若者向けのインディーズ店やバッタ屋ばかりなのだが、ファッションビル乱立による供給過多が、こういった思わぬ虫食い状況を招いているのかもしれない。それにしても、今、韓国でお店を持つには、どれほどの資本金が必要なのだろう。こんなにいくつもの小さな店が成り立っている、その背景を知りたい。
 ハロー・エーピーエムのフードコートでアイスを食べながら、僕はしばし放心してしまった。時刻は15時ちょうど。東大門の街歩きはこれにて終了。さて、そろそろ弘大の宿に戻ってシャワーでも浴び、Lampのみんなに会う準備をするとしようか。

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この旅ですっかりアイス好きになってしまったオレ



 そんな調子で宿に引き上げ、汗を落とそうと思ったものの、不幸なことにシャワーからは冷たい水しか出てこない。昨日までは、ぬるま湯とはいえ確かにお湯が出ていたのだが、ことここに至ってお湯が出てこない...。いいよ、もう、別にどうだって...。アジュンマにクレームをつける気力もなく、僕は身体だけをさっと拭いて宿を出た。目指すはLampのライヴ会場であるローリング・ホールである。
2日目(後編):スウィート・ソウル~この国のかたち
 宿でひと休みしてから、アジュンマに「後、2日間泊まるから」というと、彼女はさっと右手を差し出す。先払いしてくれという訳だ。少しオマケしてくれないかと、こちらもせこい交渉を試みたが、やはり無理だった。財布からうやうやしく40,000ウォン取り出し、彼女の手の上に乗せる。「ソウジ? ソウジ?」と、わざわざ日本語で言ってくれるアジュンマに、いらない、しなくていい、と手を振って応える。

 旅行二日目。さしあたって予定もなかったので明洞(ミョンドン)に行ってみることにする。南山(ナムサン)のソウルタワーにでも昇って、帰りに明洞の街でも散策してみようという訳だ。
 弘大の駅から地下鉄に乗り、東大門運動場から4号線に乗り換えふた駅ほど。乗り換え時間を入れても20分ほどで到着してしまう距離である。
 明洞駅の4番出口から地上へ。繁華街に背を向け、一路、南山を目指す。山道に続く商店街。途中、西洋系、アジア系の賑やかな観光客とすれ違ったりする。やがて、道はいわずもがなの上り坂。足が悲鳴をあげているのに、登山開始だ。2年前の釜山旅行の時も、タクシーから山に登る途中で降ろされてしまったことから、図らずも登山することになってしまった僕。ただし、今回は麓からロープウェイに乗るつもりなので安心だ。

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南山のソウルタワーへ



 実をいえば、南山は桜の名所でもある。ソウルは桜の開花が東京よりずっと遅いことから、今回の旅行で少しでも見ることができたらと思っていたのだが、この辺りでもそのほとんどが散ってしまっていた。それでもロープウェイ乗り場からほど近い場所に、わずかに残った桜の花を発見することができた。あるいは、1週間前だったら綺麗な桜吹雪が見られたのかもしれない。
 日本統治時代、日本の国花である桜が韓国各地に植えられ、終戦後は1本残らず引き抜かれたという話をご存じだろうか。その後、韓国の桜は済州島(チェジュド)産というDNA解析が行われ、あらたに植え直したという曰く付きの話である。日韓の間に横たわる深い深い溝。今回の旅行前にも、俄に竹島/独島問題が燃焼し始めるという緊急事態が発生していた。日本の調査船と韓国の警備艇が日本海(東海)で相対、というのっぴきならない状態である。結局、双方柔軟に歩み寄りの姿勢へと移ったが、まったく、なんだって、こんな時に政治的衝突を始めたりするのか。
 このことはLampの香保ちゃんとも電話で心配だね、と話していた。彼らからすれば初来韓。いわずもがな日韓友好の意識である。彼らのライヴ2days目は「全州国際映画祭」への招待ライヴ。いわば国自体が招待しているようなものなのだから。

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桜を発見



 ロープウェイに乗って、目指すは南山の頂上。明洞の街並が次第次第に小さくなって行く。車内アナウンスは韓国語、日本語、英語で行われている。気がつくと窓の外に、ぱらりぱらりと桜の花弁がわずかに舞い降りてくる。淡い光の中、くるくると回転する花弁が輝く。これが、僕にとって今年最後の桜になった。

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10分もしないうちに頂上まで昇ってしまう。



 南山の標高は265m。ここから更にソウルタワーの展望台まで200m程をエレベーターで一気に駆け上がることになる。ひと通り南山からの眺望を楽しんだ後、エレベーターホールを探す。日本ではあまり眼にすることがない黒地に白い紋様の野鳥が周囲をすばやく飛び交い、餌をついばんでいる。通りかかったレストランにペイネ風のイラストを発見してなんだか嬉しくなる。この絵のように恋人同士で来ている若者の多いこと多いこと。

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ペイネ愛のソウル旅行



 エレベーターホールへ向かうと、そんな恋人同士がアイスクリーム屋の前に立っている。ずっと見ていると、店のアジョッシが金属でできた長い棒を、振り回したり、アイスホールの中に力ずくで押し込んだりしている。その動作が面白く、また、コーンに盛られたそのアイスが妙に美味そうな色をしていたせいで、なんだか無性に食べてみたくなった。
 「ひとつちょうだい」と、僕が指を一本立てるとアジョッシは頷き、金属棒をアイスホールへぐいぐい押し込み始めた。掻き出したかと思うとぐいっと棒を振り回して、片手に持ったコーンへ擦りつけ始める。相当硬いアイスなのだろう、擦りつけているうちにコーンがメキメキ崩れだして、ついには破壊されてしまった。どうするのかと思い、じっと見ていると、アイスの表面に破壊されたコーンがこびりついたものを、更に別のコーンに擦りつけ、更にもうひと掻きホールからアイスを擦り出して手渡してくれた。これで2,000ウォン。240円ほどである。このアイスがまた、想像に違わず滅茶苦茶美味いのだ。粘り気といい、濃度といい。アイスというより、まるでチーズを嘗めているような感じ。眼下にソウルの街をしたがえ、僕は放心しながらそのアイスクリームを嘗め尽くした。

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アイスクリーム屋さんのアジョッシ。断じて、金正日ではない。



 エレベーターを降り、ソウルタワーの展望台に到着。地上約500m。土地勘がないだけに、ここまで上がってしまうとどの方向を見ても街並にそう差異を感じない。遠く臨む峻険な山並みが威光を放っているのみだ。東京タワーのそれと同じように、大きく開けた窓の下には建物や土地の名前が書かれている。360度ひととおり見回してから、1フロア下の展望台へと移動する。こちらの窓には、東京(日本)、ウランバートル(モンゴル)という風に、国の方角とその首都までの距離がガラス窓に書かれている。
 どうしたって見えるはずもないのだけれど、お決まりのように、やはり北朝鮮の方をじっくり見てしまう。平壌まで193.6Km。位置関係からすると、遠方の山並みは北漢山だろうか。残念ながら今回の旅で北朝鮮との軍事境界線ツアーに出る余裕はない。
 さて、時計は18:00を回っている。そろそろ下に降りて、明洞の街歩きを開始することにしよう。

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正直、僕は高い場所が好きだ...。



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あの山の向こうには...



 負担をかけないようにと思っていたが、この時点で足の裏がかなり痛くなってきた。底の減った靴で旅行になど来るものじゃない。かくなる上はいっそ明洞の街で靴を新調してしまおう。そんな思惑を抱きつつ、狂騒のミリオレ・デパート前から、商店街に進入する。
 平日だというのに、恐ろしい人混み。ミリオレのステージでは、MCが客を先導して奇妙なディスコダンス&カラオケ大会を繰り広げている。対面のハリオット・デパートの方は、白いミニスカートをひらめかせたキャンギャルが、スロットマシーンに客を誘っていたりする。素人がステージで踊ったり、カラオケしているのを、結構な数の聴衆が道を塞がんばかりの勢いで眺めていたりする。かくいう僕も長身の女性二人がステージで恥ずかしがりながらダンスしている様を放心しながら眺めてしまった。
 大通りから狭い小道に入ると、靴やシャツなどを売る露店が出ている。おあつらえむきに靴屋が多い。ジョギングシューズにしようか、スニーカーにしようか。このあたりで手を打っておこうと思いつつも、なかなか購入に踏み切れない。そうこうしているうちに、非常に興味深いTシャツを見つけてしまった。
 こ、こ、こ、このTシャツは!? 
 なんと、BAPEである。しかもよくよく眼を凝らしてみると、キティちゃんと一緒のコリアン・ヴァージョンも発見。これは激レアものに違いない! 「shibuya」を探していたら、僕はいつのまにか「裏原」にたどりついてしまった。やるぜ、NIGO。原宿のカフェだけじゃなく、韓国のこんな露店にまで進出しているとは...。今となってはだが、心残りは、なぜ僕はこのシャツを買って帰らなかったか、である。絶対買っておくべきシロモノだった。

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キュートなデザイン。小山田マイロくんにプレゼントしたいくらい。



 小道には面白いモノがある。そう踏んだ僕は、屋台のトッポキにも眼をくれず、足の痛みもどこへやら、小道という小道。路地という路地を徘徊し始めた。僕はこんなところまで来て何をしているのだろう。と、振り返ると、そこに日本語が。「お帰りなさいませ ご主人様 お嬢様」。楽しげに、ハートマークまで踊っている。誰がこんな仕込みをしたのだろう! メイドカフェまで、らくらく海を渡っている。「shibuya」を探していたら、僕はいつのまにか「アキバ」にたどりついてしまった。

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amu amuってネーミングもいいね。



 続けざま、今度はCDショップを見つけたので、さっそく入店し、リサーチを開始。
 ここで思わぬサプライズ。J-POPのコーナーを探している僕の眼に「sibuya」という文字が飛び込んでくるではないか! 「sibuya music」。「h」抜けしているが、見事「渋谷」を見つけることができた。

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「sibuya」の上に「K」のCDが置いてあるところが笑える。歌バカだよオレは。



 音楽ジャンルとしての「shibuya」は、もはや世界共通なのか。こう呼ばれている音楽は、主に日本のインディーポップ系であるようなのだが、浜崎あゆみや平井堅、東京事変など、いわゆるノーマルなJ-POPも、並陳列されていたりする。店側からしたらJ-POPそのものの「意」だが、ただし、リスナーの側はかなり異なる意識を持っているようで、日本のリスナーと同じように、大手メジャー音楽と、インディペンデントな渋谷系&シティーポップ系、あるいはその中間的なものとをかなり厳格に分けて聴いているようだ。このあたりのことに関しては、別項でまた触れることにしよう。

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Lamp、ニール・アンド・イライザ、パリスマッチにピチカート...。



 この二日間の街歩きで感じたこと。それは韓国人女性の高身長である。日本人女性と比べると、明らかに高い。ヒールのせいもあるかもしれないが、175センチの僕と同等、いや、それ以上の子がたくさん歩いている。振り返って考えてみれば、あの「冬のソナタ」のチェ・ジウだって173センチ、「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョンは172センチ、僕の好きな「ロマンス」のキム・ハヌルだって167センチだ。彼女たち以外でも、韓国の女優はみな軒並み高身長だったりする。日本で170越えしていると言えば伊東美咲と小雪くらいのもの。石川亜沙美はデカ過ぎだが...。「ツングースの血が濃いと高身長になる」。明洞の街で、僕はこういう仮説を立ててみたりする。日本はツングースに南方系が混交しているので高身長は緩和されている、とかなんとか...。

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こうして見ると明洞の街、女性客だらけだな。



 それにしても足が痛い。こんな調子で明日、ライヴに行ったり、クラブで踊ったりできるのだろうか。
 とにかく一足新調しよう。ここで買っておかないと、後はない。足はもう膨張しきって、完全に腫れ上がっている。すっかり疲弊した身体で靴屋を何軒か周り、軽くてクッションがよく効いていそうな革靴をとにかく購入した。その場でタグを切ってもらい、靴ひもを通す。履き心地はなかなか良好だ。これなら明日も乗り切れるだろう。
 履いていた靴を手提げの紙袋にしまい、ピカピカの靴の踵を鳴らしながら、僕は明洞の街を後にした。
2日目(前編):弘大、新村、渋谷
 一晩中、ホテルを代えようかどうしようか、僕は眠りながらもそんなことを気にかけていた。出入りが不自由なのも、玄関がトイレ、シャワー室と兼用というのもやはり戴けない(ここはインドか!)。終日、歩き回ることになるのだから、できればバスタブつきのモーテル、でなければ手軽なチムジルバン(サウナ)を近所に見つけたい。そんなワケで、明日歩き回る予定の弘大(ホンデ)一帯のクラブやライヴハウスを確認がてら、隣駅の新村(シンチョン)までホテルを探しに行くことに決めた。
 旅館から10分ほど歩くと、小高くなった左手に弘益大学が見えてくる。広大な敷地にはいくつもの校舎が建ち並び、その入り口には、現在、巨大な凱旋門のようなものを建造中だ。地下鉄の駅から学校へ向かう学生の群れに混じり、僕も学内に足を踏み入れてみたりする。美術系ということもあってか、見渡したところ、地味な学生が多いように感じられる。モデルや俳優を養成する学科はないんだろうか? ないんだろう。ないよね、きっと。

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校舎の前で本を販売している。生協のようなものか?



 弘益大学を左手に見据え、ひたすら南下すること20分。クラブやバー、ライヴハウス、カフェなどが林立するエリアへと入ってくる。明日、Lampがライヴを行うローリング・ホールの位置もあっさり確認できた。僕の泊まっている旅館からは30分超というところで、結構な距離だ。道路や電柱、店の壁など、いたるところにライヴやイヴェントのポスターが貼り付けてある。無許可なのか、煩わしそうに、それらをはがしている人を見かけたりもする。

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Lampのポスターも街の至るところで見ることができた。



 思わぬところに「渋谷」を発見。看板にはHOFと書かかれている。2年前の釜山旅行でも気になっていたこの表記、日本に帰って調べてみたら、どうも居酒屋のことを指すらしい。ここ最近「shibuya」という表記に神経質になっているせいか、そういった店がやたらに眼についてしまう。弘大には「shibuya」という小さなブティックもあり、ヒップホップなシャツやアクセサリー、それにスポーツシューズと迷彩アーミーものとボーダーシャツがごちゃ混ぜに売られていたりもする。

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渋谷は2階にあるらしいよ。



 弘大の目抜き通りを1周したところで、「空中キャンプ」前の小道を経由し、新村方面へと向かう。
 工事中のKORAIL鉄道を過ぎた角に印刷屋のようなたたずまいの食パン屋を発見。埃っぽい店先に、まるで工場のように整然と並べられた食パンが異彩を放っている。ほとんど人の気配はないが、その後、この道を何度目かに通った時、主婦らしき客が1斤買ってゆくところも眼にしたので小売りもしているようだ。硬そうだなと思ったが、どうせなら指で触って確認してくればよかった。

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食パン屋。意外と名店だったりね。



 新村市場のレトロでいい感じのモールをくぐると駅はもうすぐ。この地下鉄駅を挟んでちょうど対角線上にラヴホテル街があることは、ガイドブックやネットで調査済みだ。市場には簡単なお菓子や他愛のない玩具、乾物、土産物、金物などが売られ、小振りの定食屋も軒を連ねている。そう、懐かしい、というか...。いや、こういうところ、ちょっと前には東京にもあったはずだ。

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市場を歩く人は、少ない。



 新村周辺は駅前のロータリーを中心に大きく開け、街の規模も隣街の弘大とくらべるとずっと賑やかで大きい。現代百貨店本店と、その別館、グランドマートなど似たような大型デパートがそこかしこに林立しているせいか、ショートカットを試みたり、俄に裏道に入ろうものなら、たちまち方向感覚を失ってしまう。そう、僕はここで何度道を間違え、何度同じ横断歩道を渡ったろう。ケンタッキー・フライド・チキンを目印に地図と首っ引きで照合していたのだが、どうにも位置が合わない。店舗が複数あるのか、移転していたのか、カーネル・サンダースのおかげでさんざん迷ってしまった。アジョッシ!

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韓国のカーネル・サンダースはなぜか皆、美白している。



 迷っている最中、シンナラ・レコードを見つけた。以前はタワー・レコードだったということで、日本のそれを期待して地下に降りてみたのだけれど、規模はかなり小さい。敷地面積としては、レコファン渋谷店の半分以下といったところか。改めて、日本の外資系レコードショップの規模の大きさを知ってしまう次第だ。確か、タワー・レコードは台北にあった小さな店舗もずいぶん前に閉鎖していたはずだから、東アジアでは日本でのみ成功していると言ってもいいのかもしれない。中国はどうなのだろうか。
 店の奥にあるJ-POPコーナーには、メジャー系のウタダヒカルや平井堅から、ピチカート、須永辰雄、シンガーソンガー、Lamp、ポート・オブ・ノーツまでが、幅広く陳列されている...。そのセレクションの妙には面白いものがあるが、どこのショップでも同じような品揃えがなされているようなところを見ると、純粋に韓国のレーベルから配給されているかどうかということに関係しているように思える。直輸入品は少なく、レーベルの審美眼に適ったものが大きく展開される仕組みなのだろう。

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ポート・オブ・ノーツはなぜかどこの店でも面出しが多かった。畠山さんっ!



 シンナラ・レコード前の道路を挟んだビルの裏手に、果たして新村のラヴホテル街が見つかった。
 改めて書いておかなければならないけれど、韓国では日本ほど一般の旅館とモーテル、ラヴホテルに用途の差異はない。一般の旅行者がラヴホテルに泊まるなんてことはバックパッカーなら日常茶飯事。仕事で来ている人間も、設備がよくて料金の安いこれらを極めて普通に利用する。後で聞いた話だが、Lampのメンバーもソウルから全州(チョンジュ)に移動した後は、レーベルの仕切でモーテルに泊まったそうだ。
 それにしても、まごうかたなく、ここはラヴホテル街。坂の多い地形から、渋谷の円山町にそっくりなのだ。インターネットPC、DVD、ジャグジーなど、今僕が泊まっている宿と比べれば、格段にレヴェルの高い設備が揃っている。しかしながら、僕はここまでの徒歩に要した時間、すなわち弘大のクラブやライヴハウスからの距離を考えてみた。隣街とはいえ、かなりの距離である。1時間はかからないにしても、夜中、ここへ徒歩で戻って来るにはかなりの疲弊を覚悟しなければならない。この二日間の街歩きで、僕の足はすでに悲鳴をあげはじめている。
 試しに一件の小綺麗なモーテルに入って料金を訊ねると、一泊30,000ウォン(=3,600円)でいいという。上記の設備もほとんど整っていて、DVDの品揃えもいい。既に泊まっていると思しき女の子のバックパッカーもフロントをウロウロしていた。
 できるだけ格安でと、14,700円の往復航空券を買ったのはいいが、原油高による燃料費の徴収、また極度の円安ウォン高によって、現地で飛んでゆく日本円の高いこと高いこと。10,000ウォンの違いは今となってはそうバカにはならない。2006年4月末現在、韓国の物価は、ホテルを別にすれば間違いなく日本より高いのだ。
 えい! ままよ。
 その瞬間、僕はあの下水の匂いがする我が愛すべき旅館に、帰国まで泊まることを決意した。いいよ、別に、あそこでも。どうせただ寝るだけなんだから。クラブやライヴハウスにも歩いて行けるし、鍵の件を除けば、全然問題じゃない。いいんだ、もう、どうでも...。
 そのようにして、僕は爽やかな疲労感とともに足の痛みを感じながら、しかつめらしいアジュンマが待つ弘大の旅館へと向かった。
 
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我が愛すべきアタン旅館

1日目:僕がソウルに行った理由...
 韓国に渡るのは今回が2度目だ。前回は港町、釜山。今回は首都ソウルである。決して油断している訳ではないのだけれど、想像力が働くだけに旅行前からどうにも緊張感が薄い。飛行機のシートに腰掛け、離陸を開始したその時に、ようやくソノ気になって来た。飛び立ってすぐ、真後ろのシートからはしゃいだ声が聞こえてくる。日本人の男が、隣り合わせた韓国人の女性に話しかけているようだ。日本語を流暢に操る彼女に、ほとんどナンパ状態で話しかけるその男。30代後半で、休みがとれる度に韓国にでかけているとかなんとか。延々彼女がいないことを強調するので、お定まりにシートの隙間からルックスを拝んで置くことにする。ホウホウ、韓国人女性はなかなか可愛い。日本人男性は、何というか...、頭髪の薄さも含め、大地康男みたいな感じだった。

*

 仁川空港に到着したのは19時を少し過ぎたあたり。空港バスで、一路、今回の旅の目的地でもある「弘大(ホンデ)」へと向かう。名前からも分かるように、ここは美術系の名門「弘益大学」のお膝元。周囲にはデザイン事務所、アトリエ、美術書専門店、アパレルショップ、バー、クラブ、ライヴハウスなどが林立するインディー臭たっぷりのエンターテインメント地域。ここで行われるいくつかのイヴェントを体験する為、僕は今回の旅を計画した訳なのだ。
 前回と同じく、宿は飛び込み、現地でとることにしていた。釜山での経験から安宿の1件くらいすぐに見つかるだろうと、タカをくくった状態で街歩きを開始した訳だが、1時間ほど探し回ってもまったくそれらしいものが見あたらない。韓国の安宿やモーテルは看板に温泉マークが描かれているので、ハングルを読めなくとも、すぐにそれと分かるようになっている。もちろん表通りには「西京ホテル」という5つ星ホテルがあるのだけれど、もちろん、そんなところに宿泊する金など、僕は持ち合わせてはいない。隣町の新村(シンチョン)まで歩けば、旅人でも泊まることができるラヴホテル街があることは分かっている。でも、できればこの街に泊まって移動はすべて徒歩で済ませたい...。どうしたものか。
 そうこうしていると、あらかじめネットで調べていたカフェバー「空中キャンプ」のすぐ側まで来ていることに気づいた。ネットで調べたいいかげんな手書き地図と「地球の歩き方」を照合して自作した弘大マップを広げる。初めて来た場所だったけれど、何となく検討をつけて小道を折れると、果たして! フィッシュマンズのシルエットがおぼろに浮かぶ看板が見えて来た。ここは知る人ぞ知る韓国のフィッシュマンズファンが集まるお店。佐藤くんの命日や誕生日にフィッシュマンズ・ナイトなるものも開催されているらしいとも聞いている。

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「空中キャンプ」を発見!



 地下への暗い階段を下り、青いドアの前に立ったものの、なぜか急に怖くなって開くことができない。中からはヒップヒップのMCのような、バンドの練習のような音が聴こえてくる。ためつすがめつした後、結局僕はドアを開けられず、階段を上がり再び街歩きを再開した。見知らぬ街に滲むネオンの中、ためらいながら時計を覗き込むと21時になろうとしている。底の減った靴でずいぶん歩いたせいか足が痛い。さんざん迷った末、僕は再び「空中キャンプ」に戻り、今度は勢いよくドアを開いた。

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映画が終了した後、ステージ&スクリーンを臨む



 室内は暗く、まずフライヤー置き場が眼に入る。前方のスクリーンでは「パンチ・ドランク・ラヴ」のDVDが流されていた。数人の客がスクリーンに向かってしずかに着席している。「開いてますか?」と英語で尋ねる僕に、スタッフの女性がどうぞどうぞと言って奥の席に案内してくれる。「水曜日は映画の日なんです」と彼女。店内は想像していたよりかなり広い。とりあえず席に座り、ビールを注文する。雛あられのような甘いおつまみを口にしながら、しばらくチビチビとやる。ビールには辛目のスナックが欲しいところだけれど、それはきっと日本人の感覚なんだろう。
 さて、映画を観ていても仕様がない。地図を片手に、スタッフの女性にこの辺に宿はないかと、小声で話しかける。この辺にあった気もするけれど、分からないなあと彼女は地図を指さす。...さて、どうしたものか、と振り返るとパソコンが1台置かれている。「インターネットは使えますか?」と訊ねると「OK」という返事。さっそくネットに繋ぎ、日本の皆さんへ到着の報告を行う。何気にブックマークを覗くと「SPLASH」や「ソカベケイイチ.com」が入っていたりする。苦笑、微笑。ここ韓国だよね?
 そのうちに映画が終わり、照明が明るくなった。同時にBGMが流される。ネオアコともソフトロックともつかない、疾走感溢れる現地のインディーポップが聴こえてくる。
 「もうすぐ日本語が分かる人も来るし、こっちへ来て一緒に飲まない?」と、先ほどのスタッフの女性に誘われ、常連さんが集まっているテーブルに混ぜて貰う。ビールを注がれ、何杯目かを飲み干すと気分が解放されてきた。誰が作ったセレクトCDなのか、BGMはいつの間にか、フィッシュマンズやピチカート・ファイヴに変わっている。

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常連さんたちと同じテーブルへ



 こういう店だけあって、皆さすがに日本の音楽に詳しい。フィッシュマンズを始め、ボノボ、サニーデイ、ピチカート・ファイヴ、シンバルズ、ルーシー・ヴァン・ベルト、キリンジ、Lamp、インディゴ、スウィンギン・ポプシクル、などなど枚挙に暇がない。後からやって来た日本語が分かる男性に「僕はフリッパーズ・ギターが好きなんですよ」と言うと「そういうの好きそうなファッションしてるよね」と言われ思わず苦笑してしまう。そう、目的が目的だけに、僕はこの旅にアニエスのボーダーを着てきていた。さすがに分かりやすかったかな、オレ。こういう認識は、東アジアではもはや共通なんだろうか?
 日本語が分かる彼の名は「ゴ」さんという。「呉」と書くのだろうか。
 「金曜日に行われるLampのライヴも観るつもりなんだ」と僕がいうと「ホント? Lamp大好き~」と呉さん。フィッシュマンズやサニーデイ好きはLampも好きになったりするんだろうか。曲はもちろん、世界観も好きだと言う。訊けば日本の曲は訳詞がついているものを買ったり、自分たちで翻訳して意味を理解しているらしい。自身も趣味でバンドをやっているとのこと。
 旅の疲れでビールを受け付けない僕は、呉さんと近くのコンビニへワインを買い出しに行く。バーに酒を持ち込むのはマズイような気もしたが、その辺はアバウトにやっているらしい。だんだん水曜喫茶みたいなノリになって来た。後からやって来た常連の日本人の女の子も加わり、英語、日本語、韓国語をチャンポンにしながら酒宴は進んでいく。気がつくと、もう深夜1時を回っている。いつまでもこうしていたいがさすがに今夜の宿が心配になってくる。
 「宿がなかったらウチに泊まってもいいよ。韓国ではそういうもんだから、遠慮しなくても大丈夫!」呉さんはそう言ってくれたが、さすがにそれは悪い。彼は明日も仕事があるのだ。それに、神経症的な僕は元来、ひとりでないと落ち着いて眠れない性分ときている。
 「最後の最後、どうしても見つからなかったらその時は電話するよ。ありがとう。本当にありがとう」携帯番号をもらい、そう言って僕は「空中キャンプ」を後にした。「また、明日来ますよ!」  

*

 「たぶんこの辺にホテルがあったんだけど」という彼らの情報を元に10分ほど歩き、橋を越え、交差点を渡る。すると、確かに温泉のマークが見えて来るではないか。あった! と思わず僕は安堵の溜息を漏らす。階段を上り、さっそくフロントに値段を訊ねると、200,000ウォンと計算機に打ってくる。ウォン高の今にあっては実に1泊26,000円という驚きのお値段である。外観から規模から、この程度のホテルでこの値段は正直、高すぎるだろう。近くの大型ホテル「西京ホテル」並だ(1泊240,000ウォン)。
 途方に暮れて「いっそ隣街のラヴホテル街まで歩こうか...」と、そのホテルの裏通りをなんとなく入ってみると、そこに温泉マークが。なんと、いい感じの小振りの旅館が見つかった。4月の下旬にクリスマスツリーがピカピカ光っているような、いかにもヤバそうな外観だったけれど、とりあえず入ってみる。
 受付は、ない。でも、これでいい。想定内。
 入り口を入ってすぐ左手にあるアジュンマの部屋のドアをガラガラッと開けて、申し訳なさげに料金を訊ねる。20,000ウォン(2,600円)だと、TVに見入っていたアジュンマがしかつめらしい表情で言う。なんと、さっきのホテルの10分の1! どんなに安くても30,000ウォンは覚悟していただけにコイツは嬉しい。
 階段を上がり、さっそく部屋に案内してもらうと、これがなかなかにすさまじい作り。入ってすぐの玄関にトイレ、シャワーがついている! っていうか玄関そのものがトイレ、シャワー室なの。しかも下水の匂いつき。その左手奥にあるドアを開くと、そこが細長い6畳ほどの部屋になっている。「OK泊まることにするよ」と身振り手振りで伝え、アジュンマに20,000ウォンを手渡すと、彼女はダブルベッドのホットマットのスイッチを入れてくれ、冷蔵庫からペットボトルの水を出してくれた。
 部屋を後にしようとするアジュンマに「ところで、鍵は?」と、訊ねてもなかなか渡してくれない。共通の言葉をお互いほとんど持っていないので、簡単なやりとり以外は実に難航する。なかなか意味が理解できなかったが、どうやら部屋のドアはロックして閉じるとそのまま締まる仕組み、開ける時はアジュンマの部屋から鍵の束を借りてゆく方式らしい。これだと、アジュンマが眠っている時に旅館に帰ってくることになれば、彼女をたたき起こして鍵を借りなくてはならない訳だけれど、今日のところはまあ、仕方ない。
 ベッドに寝転がり、TVをつけ、疲れた足をほぐす。ハブラシ、歯磨き粉、タオル、シャンプー、ドライヤーなど韓国のホテルでこれらが部屋についているのは珍しい。

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 「安いワリには随分気前がいいじゃないか!」と、サーヴィスでくれたペットボトルの水を飲もうとしたら、始めから栓が開いていた。どうやら水道の水をつめこんで冷やしたものらしい。もう、いいや、なんでも...。玄関の匂い、というかトイレの下水の匂いも気にならないでもなかったが、ともかくここに泊まる以外ないんだから仕様がない。安いからいいじゃないか。もう、、いいや、なんでも、泊まれれば。そんな風に、僕は異国の地で心が解放されてゆくのを楽しんだ。

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近くのキムパブ屋でTVのバラエティを見ながら...



 そういう訳で、部屋に荷物を置いたまま鍵もかけず、僕は近くのキムパブ屋に時間遅れの夕ご飯を食べに行った。深夜2時半。かつて釜山でしたのと同じように、辛い辛いテンジャンチゲ定食を汗と鼻水をダラダラと放出しながら掻き込んだ。

TV.jpg 宿に帰ってTVをつけたら岩井俊二風Vシネマが放映されていた。扇情のボーイズ・ライフ
ソウル旅行編、はじまります。
4月26日から29日まで韓国のソウルへひとり旅して来ました!
これからちょこちょこ更新して行く予定なので、お楽しみに。

これからソウルに行く人にも、参考にして欲しいな。
美容室で
「KAT-TUNみたいな眉毛にしてください!」

と、僕はきみに話しかけたかった。
大貫さんと僕
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アンサンブル


 ──今更ながら大貫妙子にハマってしまった。
 きっかけは、水曜深夜の眠りにつく前のひととき。聴くともなく聴いていたFM放送『大貫妙子のナイトストーリーズ』の最終回、だったんだろうと思う。
 この日は、大貫さん自身の曲と、彼女の作品に大きく影響を与えた洋邦の楽曲をバランスよく配した選曲とトークで進行して行った。ジャパニーズ・メロウ・グルーヴとして近年クラブ・ヒットした『都会』を始め、テクノポップに大胆にアプローチした『カルナヴァル』、そのネタ元となるY.M.O.『ビハインド・ザ・マスク』を紹介したり、90年代後半に発表した、まんまリリキューブな楽曲と彼らのその元ネタを連続してかけるなど、何というか、あまりに屈託のないその構成に僕はすっかり引き込まれてしまったのだ。
 圧巻だったのが番組後半にかかったピエール・アデノ、アレンジによる『うたかたの日々』。メロディもさることながら、壮大に歌いまくる泣きのストリングスが完璧にミシェル・ルグランしていて一発で気に入ってしまった。思い出すに、ピエール・アデノとはミシェル・ルグランの正統な後継者として、VANDA誌にてミシェル・ルグラン研究家の濱田高志氏がイチオシしていた人物。後でネットで調べてみれば、ルグラン風のサウンドを求めて大貫さんが濱田さんを介し、フランスまで直に訪ねていった行ったとのこと。また別のアルバムでは、純粋なブラジリアンを標榜したようでサウーヂ・サウダーヂ中原仁さんの仲介で、オスカー・カストロ・ネヴィスにプロデュースを依頼するなど、この分かりやすくもある視線の低さは音楽家というそれ以前に、彼女自らが良質なリスナーであることの証左に他ならない。
 リスナーとしての耳が時のアレンジャーを選び、自身の曲に真の意味でのコンテンポラリーなセンスを纏わせている。これは「強い」。たとえは悪いが、一時期のユーミン&松任谷正隆のように、時代との乖離を馬鹿な批評家に簡単にツッコまれるような隙がまったくない。
 それにしても、ああ、大貫妙子。80年代リアルタイム世代の僕にとって、彼女の楽曲は昨今もてはやされているシュガー・ベイヴやパナム時代のシティーポップなイメージよりも、化粧品のCMソングや、『みんなのうた』で流れてくる独特な節回しの可愛い歌という印象だった。日本のニューミュージック界におけるドン、ユーミンや中島みゆきの背後にそっと佇むスーパーサブ。音楽的にも存在的にも、そういった位置づけが頭の中でなされているだけで、彼女の人間性みたいなものに触れる機会は、これまでほとんどなかったと言っていい。
 しかし今、あらたまって振り返ってみるに、彼女の曲にはずっと昔から胸トキメクようなキーワードが散りばめられていた。地下鉄のザジ、タンタン、ピーターラビット、ぼくの叔父さん、ミトン、太陽がいっぱい、などなど、オイオイ、こりゃ、どこを切ってもの、天然「オリーブ少女」だよ彼女は。過去のインタヴューやブログをネット検索すれば、好きなブランドにはアニエスや無印、MIU MIU、プラダなんて書いちゃっているし。葉山に両親と暮らし、日々健康と地球環境と政治について考えているなんて、筋金入りだ。アルネにも連載持っていることだし。

 その水曜深夜の最終回。六ヶ月続いた放送もいよいよオーラスという最後の数分間、涙に声を震わせながら、「いい音楽をいっぱいかける放送にしたかった」、「好きなものが周りになければ、どこへでも飛んでいって自分で探すしかない」というようなことを呟いていた大貫さん。
 ああ、まさか今、大貫妙子がこんなに僕のど真ん中に来るなんて、まったく想像できないことだった。大貫妙子病。今の僕のような人間が必ずかかる病らしい。ねえ、どうだい? 動悸がする、偏頭痛...。
 「これからお酒でも飲みたい気持ち...」などと言うラジオの向こうの大貫さんに「僕でよろしければ、今からおつき合いしますよ」などと本気で思ってしまった僕。
 これはきっと、恋の病だよ。
ありふれた朝に
怒濤のようなイヴェント2連チャンが終わりました...。

来て戴いた皆様、本当にありがとうございました。

もっともっと楽しんで戴けるよう、日々精進して行こうと思っています。

DJする時にいつも思っているのは

好きな曲を、妙なイコライジングや四打ちミックスや、カットで壊すことなく、

なおかつスムースにつないでゆくことで、肉体的にも精神的にも楽しめるようにすること。

ポップミュージックには、そういう作用が内包されているんですよ。


技術的に、まだまだですが...、

どうか暖かい眼で見守ってやってください。

よろしくお願いします。
ボーイ・ミーツ・ガール
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そして、土曜日は「ボーイ・ミーツ・ガール」です。

今回のゲストDJは昨年の9周年パーティーでもプレイして戴いたNORICOさんです。
mizuhoさんもレギュラーDJに復帰。春の夜を華やかなポップチューンで彩ります。
ぜひぜひ遊びに来て下さいね。

4月15日(sat)「boy meets girl 055」
@渋谷chu! 22:00 ~ \2000 include 2d
*free paper,lollipop
*アンケートに答えて戴いた方に selection CD-R(limited edition)をプレゼント
DJ / sekine,miha-k,mizuho
GUEST DJ / norico(altoto)
genre / soft rock,AOR,city pop, bossa, soul, discotique,
neo-aco,guitar pop, french, jazz ,フリッパーズ・ギターやキリンジを初めとするJ-POPなど...。メロディアスなポップスがお好きな方はぜひ一度足をお運び下さい。

http://www.geocities.jp/sekinebmg/info/info.html
王子様(ozaken)ナイト
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今週末4/14(金)のクラブ渋谷系は「王子様(ozaken)ナイト」です!
友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌

増補 友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌


トリュフォー、ゴダール、ジャック・ドウミ、アニエス・ヴァルダ、エリック・ロメール...。
今となっては伝説のような映画作品とその監督たちとともに過ごした日々。
観測者として、歴史の目撃者として山田さんの果たした役割って本当に大きい。
書きたいことは山ほどあるが、それはいつか気持ちが整理できた時に...。
...正直、感動した。

この増補版の解説、小西さんが書いてるんだけど、こちらも泣ける。
散文散歩
すっかり大貫妙子さんにハマってしまった。

エッセイ集「散文散歩」読みながら「アンサンブル」を聴く。
ああ、何か滅茶苦茶いいぜ!

どうしよう、オレ、そのうちガーデニングとか始めたら...。
地球のことを心配し始めちゃったりしたら...。
葉山とか鎌倉とかに妙な憧れを抱きだしたら...。

結構、抱き始めてたりするんだけどな。
経る時
今日あたり桜は散り始めだろうかな...。

はらはら散っているだろうかな...。
午前4時
お花見を終えて、朝から二日酔い、だ。


春は、訳もなく悲しい気持ちになるな。

人間も動物だから、

春の、その何とも言えない匂いにどうしても敏感になる。

毎年毎年、この時期はそんな気持ちで過ごすんだ。
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