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「BOY MEETS GIRL」DJ、sekineの徒然日記。思うまま雑感。
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アニエスの浜辺 ~アニエス・ヴァルダとジャック・ドゥミ、その人生


故ジャック・ドゥミ夫人にして、ヌーヴェル・ヴァーグ、セーヌ左岸派の代表的監督であるアニエス・ヴァルダ。
この秋、彼女の半生記ともいえる映画「アニエスの浜辺」が岩波ホールにて公開されております。
--自らの人生の側にはいつでも浜辺があった。浜辺は世界でもっとも美しいものであり、その風景は象徴的なものである。そう彼女は語ります。その浜辺を舞台に紡がれる物語、そして断片的な記憶の数々。ヌーヴェルヴァーグのこと、亡夫ジャック・ドゥミのこと。80歳を超え、未だ衰えることのない行動力の強さと尽きせぬ人生への興味。
彼女自身のドキュメント映画でありながら、何かそれが、そのまま観ているものの人生を深く啓発する行為にも繋がって行くような作風なんですよね。
「ロゼッタ」のダルデンヌ兄弟を我が同士と讃え、革命直後のキューバではカストロを撮影、ドゥミと渡ったアメリカ西海岸ではヒッピー文化にも果敢に突っ込んでいくなど、この映画で初めて知り得たことが沢山ありました。最愛の夫ジャック・ドゥミの死の原因についても、この映画で初めて明かされたはず。映画のラスト近く、オフィスの窓にすうっとドゥミの肖像が映りjこむ瞬間には本当に息を詰まらせられました。
ドゥミ=ヴァルダ。この二人の偉大なる映画人のことを考えると、本当に胸が切なくなります。彼らの生き方、それそのものが表現となっているから。何にも屈しない本当の表現であるから。

賢明なあなたなら、フィクションであるはずのドゥミ作品が、巧妙に仕組まれたある種のドキュメントであることまで、分かってしまうことでしょう。
『シェルブールの雨傘』において、ジュヌヴィエーヴを奪ったカサールこそドゥミであり、ギイからの手紙に返事を書かなくなりカサールとの結婚に踏み込んだジュヌヴィエーヴこそヴァルダである....。そうメタフォリックに読み取れるシーケンスが『アニエスの浜辺』には存在しております。
それを裏付ける『シェルブール』の雪の降るラストシーン、ジュヌヴィエーヴの車の中でひとりはしゃいでいるギイの落とし子役の女の子こそ、ヴァルダの連れ子ロザリーであるのです。
となるとカサールの青春時代はイコール、ドゥミの青春時代。カサールの青春時代を描いた『ローラ』はドゥミの故郷ナントを舞台にしている訳だからこちらも当然のごとく符合する。

ドキュメントタッチながら、フィクショナルな物語を構築して行くアニエス・ヴァルダ。
一分のアドリブも許さないフィクショナルな作品作りを信条としながら、自らのドキュメンタリックな体験とシチュエーションを巧妙に忍ばせるジャック・ドゥミ。

これ以上書くのは蛇足に過ぎるでしょう。

この映画を気に入った方はぜひアニエス・ヴァルダの『ジャック・ドゥミの少年期』も観て戴きたいと思います。
そして、ジャック・ドゥミの『ローラ』も。
愛してやまないこの二人の芸術家を、今また僕はたたえたい。そんな気持ちでいっぱいなのです。

http://www.zaziefilms.com/beaches/
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